居酒屋日記④ ある光

善波 お酒情報ブログ 居酒屋日記④ ある光

ー目次ー

  1. 突然襲ってきた「後悔」
  2. 忘れていたあの店へ
  3. 見とれるしかなかった「光」
  4. 心の中に

突然襲ってきた「後悔」

4月最初の金曜日、「Y」の仕込みを終えた後、千川通り裏手の信用金庫のATMで用を済ませた私は、道を挟んだ斜め向かいにある赤提灯「かえる」の玄関にいつも積んである瓶ビールの箱が出ていないのに気付いた。

そろそろ閉店時間のはずなのにと思い、木製の引き戸の上半分に嵌められたガラス越しに店内を覗いてみた。
入り口の左手から店の奥に伸びたカウンターが見える。
だが、椅子は全て右手の壁側に寄せてあり、並んだ椅子の上には、小さく「かえる」と染め抜かれた暖簾が乗っている。
さらに暗い店内に目を凝らすと、カウンター内の棚が全て空になっていた。
営業中の店とは思えない店内の様子に、何があったのだろうと私はすぐ隣にある床屋の扉を開けた。

「すみません、ちょっと伺いたいんですが、かえるさん、しばらく休むんですか?」

男性向けの床屋だったが、客の髪を切る手を止めてこちらを向いた店主は、中年の女性だった。
彼女の無言でこちらをじっと見つめる怪訝そうな表情と沈黙に耐えられず、私は取り繕うように言葉をつないだ。

「いえ、今ちょっと覗いたら、そんなふうに見えたので女将さん体調でも崩したのかと・・・」

「かえるのママなら、亡くなりましたよ。」

私の台詞を遮るように返ってきた言葉に私は驚き、後悔した。

忘れていたあの店へ

その一週間前のこと、私は常連に予告もなく、店を早仕舞いした。
週末に隣の小料理屋と共同で行う花見の段取りで、勝手な事ばかり言う酔っ払い達に腹が立って、接客する気分ではなくなったのだ。
経験の浅い自分は、酔っ払いが勝手なのは当たり前と許すことも諫めることもできなかった。
未熟な店主には早仕舞いで遅い時間に集まる常連共のあてを外して、ささやかな復讐をするくらいしか憂さ晴らしの方法が思いつかなかったのだ。
午後9時半頃、客が途切れたのを幸いに、洗い物もせず提灯の灯を消し、店に鍵を掛けると自転車に跨った。

普段、店の片付けを終えて帰路に就くのは、日付が変わった午前1時以降で、店から西落合の自宅までの道は、ところどころぽつんと深夜営業のラーメン屋やスナックがある以外は真っ暗だった。
しかしこの日は時間が早く、桜台の街はまだ営業中の店の灯で明るかった。


それだけでも気分が少し晴れた私の頭に浮かんだのが、「かえる」だった。

「この時間ならあの店もやっているかな。いい機会だ。一杯飲んで帰ろう。」

「かえる」は、「Y」を開店する前、居抜き物件を探している時に見つけた店だ。
千川通りの北側を西武線の高架を挟んで並行に走る裏通りに面している。狭い間口から、店の奥に向けて6,7席のカウンターが一直線に伸びた、鰻の寝床のような造りで、奥には多分小上がりと、二階に続く階段があるのだろう。
日に焼けた木製の引き戸2枚に、暖簾と赤提灯が下がり、瓶ビールの空箱が2~3個積んである外観も全て、自分の中にある理想の赤提灯のイメージがそのまま形になったようだった。
しかも何度か店に出入りするのを見かけた女将さんは、いつ引退してもおかしくないかなりの高齢に見えた。
だからその頃の私は、不動産屋の前を通る度に、「かえる」が貸しに出ていないかと確かめるのが習慣になっていた。

結局、同じ町に「Y」を開店することになり、慣れない仕事に追われながら「かえる」の事は忘れていたのだが、この日、自分にとっていつもよりに賑やかな桜台の街を自転車で走っていて突然思い出したのだ。
私は自転車をUターンさせ、「Y」から150mほど練馬寄りにある「かえる」に向け走らせた。

見とれるしかなかったあの「光」

店の入り口の少し手前で降りた自転車を、店前の電柱の陰に停めた。
もう暖簾は仕舞われていたが、店の中からは薄明かりが洩れている。
まだ閉店の時間には早いはず、入れるか聞くだけ聞いてみようと、古い引き戸に手を掛けつつ、そっと中の様子を窺った。


入り口から一番奥の席に客が一人座っていて、女将さんがお酌をしている。
店内の灯りはほとんど消えていたが、女将さんと同年代と思しきその老人の席付近だけ柔らかい光が灯っている。
引き戸のガラス越しに目に入ったその光景の懐かしさと、二人の間に灯る光の優しさに思わず見とれて、私は動作を止めた。
老人は注がれた酒を少し口にしてお猪口を置くと、今度は徳利を持ち、女将さんの差し出したお猪口に酒を注いだ。

二人の間に会話はなく、ただ互いに酌をしながら同じ酒を飲んでいる。

どれだけの時間、そうして見入っていたのかは判らないが、私はふと扉から手を離し、再び自転車に跨ると、自宅へとペダルを漕ぎ出していた。
一見の若造が、あの世界を壊してはいけないと感じたのか。いや、ただ自然に気づいたらそうしていた。

気晴らしの思い付きは空振りに終わったが、駅前のコンビニで買った缶ビールを自転車のかごに積み、千川通りの満開の夜桜を眺めながら家に向かう私は満足していた。

「かえるは、思った通り良い店だった。今度は、ちゃんと時間を作って行ってみよう。」

心の中に

それがまさか、一週間後にこんな話を聞くことになるとは。
あの時の女将さんは、今まで何度か見かけた時よりもずっと元気そうに見えたのに。やっぱりあの時少しだけでも店に入れてもらえばよかったのだ…
私の落胆は表情に出ていたのだろう。少しの沈黙の後、今度は女店主が気を遣うように言葉をつないだ。

「冬の、一番寒い時期でした。」

「え・・・?」

聞き間違いかと、もう一度聞き直した。


間違いない、今年の1月、店の中で倒れているのが見つかり、そのまま亡くなったのだという。

それは本当の事、その後店は閉鎖したままか、女将さんに姉妹や旦那はいたのかと、突然血相を変えておかしな質問をし始めた私を、奥から出てきたもう一人の女性店員、そして散髪用の椅子に座った客までが体の向きを変えて凝視していた。

この後私は、何人かにこの体験を話、その反応に、都度勝手に失望した。
伝わりはしないのだ、あの光景の懐かしさも、二人を包んでいた光の優しさも。

今まであんなにうっとりと何かを眺めたことはなかった。その光がこの世の果てで、全ての人を待っていてくれるとしたら、日々終末に向けて歩く自分の足取りも、少しは軽やかになるだろう。

私は話すことをやめ、その代わり「Y」の灯りをあの夜の「かえる」のように少し落とし、営業中は天井の蛍光灯を消して、カウンター上の電球だけ点けることにした。
常連たちは、「この方が落ち着いて飲めるね。」などと喜んでいたが、その理由は誰も知らない。

それにしてもあの時、自分が「かえる」の扉を遠慮なく開けられるような人間だったとしたらどうなっていただろう。
二人に「一杯だけいい?」などと声をかけていたら、何が起きただろう。
それを想像した時だけ背筋が寒くなる。


一人飲みにおすすめの日本酒

最後になりますが、本日は、「昔の思い出に浸りながら一人でゆっくり楽しみたい日本酒」をご紹介して締めさせて頂きたいと思います。

安芸虎 純米吟醸しぼりたて 土佐麗 無濾過生酒 720ml

【限定】 安芸虎 純米吟醸しぼりたて 土佐麗 無濾過生酒 720ml 日本酒

新酒の時期にだけ瓶詰めする季節数量限定の希少な「無濾過生酒」!
土佐麗(とさうらら)を50%精米で醸し出した「純米吟醸酒」は小さいタンク1本分のみ!
爽やかな吟醸香と安芸虎らしい存在感。
無濾過生ならではのしっかりとした深みとキレのある味わいが魅力。
飲み口のフィニッシュは独特の柔らかくふんわりした旨味が漂います。

蔵元有光酒造場
地域高知県
原料米土佐麗
精米歩合60%
アルコール度数16%

多満自慢 純米吟醸 夏の生酒 720ml

東京・福生に150有余年の歴史を刻む蔵元の、夏限定・純米吟醸生酒。
大吟醸規格に磨きあげた兵庫県産《山田錦》とリンゴ酸を多く作る酵母「きょうかいNo.28」を使用し、四段仕込みで甘やかさをプラス、アルコール度数14度台の軽やかなお酒に仕上げました。
上品な吟醸香、すっきりとした酸味に軽快な飲み口、高精白の造りからくるキレイな味わいが魅力です。
爽やかな酸味のある濃醇な味わいは、ロックやソーダ割りなど様々なスタイルでもお楽しみいただけます。

蔵元石川酒造
地域東京都
原料米山田錦(兵庫県)
酵母きょうかいNo.28
精米歩合50%
アルコール度数14%~14.9%

七冠馬 純米生酒 夏生 720ml

七冠馬 純米生酒 夏生 720ml 【季節限定】 日本酒 夏酒 ななかんば

島根県産雄町を60%まで磨き、協会9号酵母で仕上げた夏限定の純米生酒です。
味わい豊かで飲み応えがあり、酸味のバランスが絶妙。
ほど良いやわらかな香りも楽しんでいただけます。
飽きの来ない口当たりなので、食中酒に最適です。夏野菜はもちろんヤキトリなどの肉料理にもよく合います。

蔵元簸上清酒合名会社
地域島根県
原料米改良雄町(島根県)
酵母協会901号
精米歩合60%
アルコール度数15.5%

甲子 THE SENSE OF WONDER 純米吟醸 720ml

THE SENSE OF WONDERは、お酒を通して時には喜び、感動、衝撃を感じていただきたいという思いで、五百万石と山田錦を原料米に使用して造られた限定酒です。
華やかな吟醸香、ガス感と爽やかなフレッシュ感。しっかりとしたボディの純米吟醸酒に仕上がっています。

蔵元飯沼本家
地域千葉県
原料米山田錦、五百万石
酵母1801+1001
精米歩合58%
アルコール度数16%

想天坊 山田錦 純米酒 ALC14% 一回火入れ原酒 720ml

蔵元河忠酒造
地域新潟県
原料米山田錦(新潟県)
精米歩合60%
アルコール度数14%

新潟県産「山田錦」を100%を使用。飲みやすさと馥郁さが両立した、野水杜氏10年目の自信作。
河忠酒造では九代目就任後、使用原料米をすべて新潟県産米に切り替えたので、長らく「山田錦」を使用していませんでした。
近年新潟県でも「山田錦」が栽培され、品質も向上しましたので、野水杜氏の就任10年目にして初めて「山田錦」で純米酒を仕込みました。
原酒ですがアルコール14%に抑えた飲みやすさと、「山田錦」ならではの馥郁とした味わいの両立にチャレンジしています。


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代表/善波栄治

1953年に、初代・善波秀吉が麻布十番にて創業。以来、本社を東麻布に移し、東京23区を中心に飲食店様への配送やお酒の小売りを行っている。

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