居酒屋日記③ 名物料理
ー目次ー
女将さんとの出会い
20年ほど前の11月の終わり、私は不動産屋から、桜台の小料理屋が貸しに出しているとの連絡を受けた。
その日の夕方、物件を見に行ってみると、赤提灯が点いていた。
下見を兼ねて客として入ってみたところ、ビールと熱燗を一本ずつ飲む間に、店名の「Y」をそのまま変えず、この店は私が引き継ぐという話がまとまった。
女将さんは、数年前からリウマチ性の難病を患い、その症状が両手に出始めて、思うように料理が出来なくなったため、この場所で20年以上続けた店を閉めることにしたという。
店名を変えず、そのまま引き継ぐというのは、私から言い出した事だった。
料理をしたことがないのだから、真新しい看板を掲げて大々的に開店などして客を捌けるとは思えず、最初は目立たぬ形で開店し、仕事に慣れたら少しずつお客を増やそうという目論見のためだったが、女将さんはこの提案をことのほか喜んだ。
そしてカウンターから出てきて隣に座り、こちらに身を乗り出すようにして言った。
「だったら、うちの名物だったおでんの味も引き継いでちょうだい。あたしは手がこんなだから最近は作ってないんだけど、常連さんはみんなママのおでんが食べたいって言ってくれるのよ。」
長年地元の方に親しまれてきたおでんを引き継げるのは、料理レパートリーの無い私にとって願ってもない話であった。
「是非教えてください!料理は初心者ですが、何とか引き継げるよう頑張ります。」
トントン拍子に話は進み、早速次の日から「おでん伝授」を受けることになり、その場で仕入れる食材のメモを取って帰宅した。
おでん伝授
翌日、昼過ぎに自転車で西落合のアパートを出ると、まず要町の魚市場に向かい、そこで日高昆布と厚削り節を仕入れた。
さらに江古田商店街の裏路地にある練り物屋で、メモを片手にごぼう天、イカ天、生姜天などを注文し、向かいのスーパーではんぺんを3枚とこんにゃく、大根を買い込むと自転車のかごを満載にして店に到着した。
1日目は、ノートとペンを片手に女将さんの補助をしつつ、おでんの仕込みの手順を全てメモに取った。
まず大鍋に日高昆布と水を入れたら弱火でゆっくりと沸かし、沸騰直前に昆布を取り出して厚削り節を投入する。
出汁が取れたらおでん用の角鍋に移し、酒と少量の調味料で味を調える。
大根は、厚く皮を剥いたら面取りし、十字に切れ込みを入れ、少しの米を入れた水から茹で、茹で上がっても取り出さずにそのまま冷やすことで柔らかく透明感のある大根になる。
その後、角鍋に入れて味を沁み込ませるが、お客様に出せるのは早くて2日目から…
その他、細かくメモを取りながら、仕込んだ具材をおでんの角鍋に並べて煮込んでゆくうちに出汁がおでんらしい味わいに変化してゆくのに新鮮な感動を覚えていた。
2日目、同じ時間に店に着くと、女将さんが
「じゃあ、今日はあなたが作ってみて。」と言う。
いきなりの事に驚いていると、今日は出汁は昨日の半分の量を取り、昨日残った出汁と合わせ、そこにおでん種を補充して味を調えてみなさいと言葉を続けた。
(ほぼ今日の全工程に思えるが、それを僕にやらせるのか?)
出来るとは思えなかったが、味付けや手順が間違っていたら女将さんがその都度注意してくれるのだろうと思い直し、鍋に日高昆布と水を入れて火にかけると、女将さんはカウンターから出て小上がりに座り、お茶を入れてミカンを剥き始めた。
調理中、(この手順で合ってるかな?)と不安な時には、横目で女将さんの様子を窺うのだが、小上がりでテレビのワイドショーに集中しきっている…
どうやら自分一人でおでんを完成させるしかないらしいと悟り、メモを片手に作業開始から1時間半後、なんとか角鍋の中に一通りのおでん種が並んだ。
ひと煮立ちさせ、出汁の味を確認してみたが、案の定昨日とは何かが違う。おでんと言えばおでんだが、目を閉じて味わうと雑煮やその他の煮物の出汁にも感じられる。
昨日の出汁の方はおでんとして「味が決まって」いたように思えた。けれどこれ以上自分にはどうしようもなく、意を決して女将さんに声をかけた。
女将さんの評価は…?
「あの…、一応出来ました。味を見てください。」
女将さんはテレビから目を離さず、「うん。ちょっと待ってね。今大事なとこだから。」
言われてみると番組はワイドショーから水戸黄門に変わり、ちょうど悪代官一味が印籠の前でひれ伏している。
私は厨房に戻り、繰り返し味見をしながら待った。
5分後、黄門様御一行の旅立ちを見届けた女将さんは、「よかったねぇ。」と呟いて立ち上がると、「さて、おでんの方は、どうかしらね。」と真剣な目つきになり、お玉と小皿を手に取り角鍋の前に立った。
私は緊張しながら突然職人的なオーラを発し始めた女将さんの背中を見つめた。
小皿に取った出汁をおもむろに口に含むと、女将さんの動きが止まり黙り込んだ。
長い沈黙に我慢できず、「どうでしょう…」と言いかけた時、女将さんが満面の笑みで振り向くと、
「うん!バッチリ!」と言いながら指でOKの輪を作った。
「えっ!いや、そんなはずないですよ!今日初めて作ったんですよ。何かありませんか?直すとこが。」
「そうねぇ、でも直すとこないわよ。これなら私も安心して引退できるわ。」
その翌日からおでんの仕込みは私の担当になり、女将さんは完成したおでんの味を見てはニカッと笑って「バッチリ!」と言うのが恒例となった。
それから1週間後、女将さんは「もう大丈夫。」と引継ぎ完了を宣言した。
名物継承
1か月後の12月28日、女将さんはめでたく引退の日を迎え、その日私は次の店主として集まった常連客に紹介してもらった。
年が明け、私が店を開けて10日程過ぎた頃、ちょうどおでんの仕込みが終わった開店前の「Y」に女将さんがひょっこり顔を出した。
「どう?調子は。」と言いながら厨房に入ってくるとおでんの出汁を小皿に取り、味をみて「なるほど」と呟いた。
(あれ、今日はバッチリじゃないのか…)と意外に思っていると、女将さんはいきなり角鍋にヤカンのお湯をドボドボと無造作に注ぎ、さらに日本酒を加えてひと煮立ちさせたのち、塩と少しの調味料で味を調えて私に言った。「これでどうかしら。」
味をみると、なんと、あの日私が感動した「Yのおでん」の味になっている。
「凄い!あっという間にYのおでんの味になりましたね。」
「今日のはちょっと厚削りを煮すぎね。あと、前の日の出汁は使った方が味に深みは出るけど割合が多いと野暮ったくなるから、必ず半分は新しい出汁を使いなさい。」
「ありがとうございます。」と私はお礼を言いつつ、心の中では(それ、あんとき言ってよ!)と叫んだ。
その後も女将さんは不定期に店に現れては、おでんの味をみてアドバイスをして帰っていった。
3~4か月が過ぎた頃、出汁の味をみた女将さんは角鍋に目を落したまま、
「もう私が言うことはないね。あとはあなたが自分でこの味を育ててちょうだい。」
と言った。
そしてニカッと笑い、「また来るわね。がんばって!」と私の肩を叩くと勝手口から外に出た。
私は、夕日に照らされながら駅に向かう後ろ姿を見送り、おでんの味を確かめ入り口に暖簾を掛けた。
おでんに合うお酒
せっかくおでんの話題が出たので、おでんに合うおススメのお酒をご紹介させて頂きます。
おでんの出汁や具材によって選ぶお酒が変わってくるので面白いと思います。是非ご参考にしてみてください。
■王道の組み合わせなら「純米酒」
出汁と具材の旨味が凝縮されているおでんには、やはり米の旨味が感じられる純米酒は外せないでしょう。純米酒の甘味と酸味がおでんのコクをぐっと深めてくれます。
新潟県産米100%使用。アルコール度数を抑え、飲みやすくしっかりとした米の風味も楽しめます。
なめらかで優しい味わいをご堪能ください。
香りはおだやかで若干の香ばしさも重なります。純米ならではのコクに酸味がアクセントとなってほどよい余韻をひき、まろやかながらもすっきりとした味わいの純米酒。燗でも映えるお酒です。
■「一度に二度おいしい」を感じるなら麦焼酎
こちらも定番の組み合わせですが、雑味の少ない麦焼酎はおでんの旨味を邪魔せず引き立ててくれます。
さらに〆には、おでんの出汁割りをすることで一度で二度おいしく味わうことが出来ます。
焼酎の香りとおでんの出汁とのハーモニーを是非楽しんでみてください。
厳選された良質の二条大麦と、シラス台地で天然濾過された清冽な水が生んだ本格麦焼酎。
完熟果実のように甘く華やかで、豊かで力強いコクが感じられます。
厳選した二条大麦と天領ひたの天然水とが、長年の蒸留技術から生みだした減圧蒸留の麦焼酎です。
麦の香りが程良くありまろやかな甘味、淡麗で軽やかな風味が特徴で、飲み飽きない焼酎です。
■練り物との相性抜群な白ワイン
おでん種に欠かせないのが、はんぺんやちくわなどの魚の練り物です。
魚料理と白ワインとの相性は言わずもがな。
魚介から出た旨味を透明感のある白ワインと一緒に味わう瞬間は至福の時間になりそうです。
黄桃などの厚みのある香りが立ち並び、細かい酸を多く含みながらも重厚なワインです。
●フォンタナ・フレッダ ガヴィ・デル・コムーネ・ディ・ガヴィ
「ガヴィ村で造られたガヴィ・ワイン」という名の生産地区限定シリーズの白ワイン。
ミネラル、青リンゴ、レモンのようなフレッシュな香りが特徴です。
■ロックのウイスキーとも最適な組み合わせ
和食とは縁が無さそうなウイスキーですが、実はそんなことは無く、むしろ存分に楽しめる組み合わせでもあります。
特におでんの旨味や塩味と甘味のバランスの良さは、氷で溶けていくにつれて味わいが変化していくロックウイスキーとは相性が良いのです。
高いアルコール度数にもかかわらず、想像以上に繊細な味わいが楽しめる8年熟成もの。
その深い琥珀色は「クロコダイル・スキン」と呼ばれる、内側を強く焦がしたオーク樽によるもの。
重厚でインパクトのあるフルボディテイストと心地よい甘みとコクが独特の余韻をもたらしてくれます。
レッドラベルは、スパイシーで力強く、スモーキーな味わいが広がるウイスキーです。
スコットランド東海岸のライトなウイスキーと、西海岸のピーティなウイスキーのブレンドが深い味わいを生み出しています。
舌の上ではじける香り豊かなスパイス(シナモンとペッパー)が強い印象を残しつつ、爽やかな味わいが口の中に広がります。
そして、フレッシュなリンゴや洋ナシのようなフルーティな甘みとバニラのメロウなコクに続き、ジョニーウォーカーの特長であるスモーキーな余韻が感じられます。
代表/善波栄治
1953年に、初代・善波秀吉が麻布十番にて創業。以来、本社を東麻布に移し、東京23区を中心に飲食店様への配送やお酒の小売りを行っている。
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